36 循 環

◆愛するものと愛されるもの、与えるものと与えられるものが、全く一つに同化してこそ、呼吸のように自然な循環となるのです。神様と人とは 本来一体です。無限の愛は自然に循環しているのです。真の祈りには 絶大無比の力があるのです。『ありがとうございます!』(天照大御神様  今ここに在します!)という祈り言葉を駆使することによって、人は神様の絶対の中心に融け入ることができるのです。「ありがとうございました」は、過去の一時期に対する感謝です。「ありがとうございます」は、 無限の循環で、過去、現在、未来のすべてへの感謝になるのです。真の祈りは天地の呼吸であり、神と人との交流です。神と人との自然な循環が行われてこそ、神我一体となるのです。

◆宇宙は神様の愛の表現です。思いやりと寛容の両徳の表現です。人もまた“愛”の心を生きるのが一番自然なのです。思いやりと寛容の心をもって生きる時、人は何の無理もなく自然に、いつも“無限の幸せで一杯”になるのです。宇宙絶対神の全徳は、無限の大光明燦然と、常に輝き渡っているのです。その光をどれだけ受けるかは、一人一人の完全な自由に任せられているのです。まずは自分の持っているすべての光を与え尽くし、その後、光一元に眺めた宇宙のすべてから光を吸収するのです。その循環を速く大きくしていくことが、本心の自分を大きく輝かせる生き方なのです。

◆真実の悟りへの道は、自分のすべてを宇宙絶対神に捧げ尽くし、その循環を速くして、交流を密にして、古い業想念の自分を消し去り、新しい本心の自分に戻ろうとするのです。感謝一筋の道・全託の道は、自分のいのち・心・時間のすべてを、神様に捧げ尽くしているので、自然に神様の方から、自分に必要なすべてが豊かに流れ入ってくるのです。神様との交流に比例して、本心の自分はその輝きを増してくるのです。

◆赤ちゃんは最初の生まれたての姿です。赤は赤心、神様の心、本心を表しています。赤裸々な心とかいいます。神様の心そのままの意味です。汚れてない、純なそのままの自然な心です。赤ちゃんは悩みません。過去を掴みません。そして何時も前向きです。神様によく甘えます。赤ちゃんはお手本です。自分で何かしようと思いません。全て神様にお任せです。最高理想の姿。

◆絶対の一番奥の「す」は、声に出てくる「す」ではなく、無声の「す」で、 一番の始まりです。「あ」も絶対ですが、「あ」は表現であって、出てくる 時の姿です。「す」は、もう一つ奥の静かな「す」で、命の本源の、心の一番休まるところです。眠る時「スースー」といいます。神様の中へ戻ると「スースー」と安らかに眠れます。

そして「す」が「あ」に変わるのです。「あ」から出発して創造が始まり、すべての神様の表現が生まれてきます。絶対から創造されて、無限に輝いて、この宇宙のすべてと現れて、それが命の躍動した姿、命の表現として現れて、それがまた絶対へ戻っていくという、その循環の繰り返しで、新しい宇宙が次から次へと生まれているのです。一瞬一瞬「あ」っと出てくるだけで、「あ」っとビックリするような、過去にない全く新しいものとして出てきます。「あ」から「す」に至ると、さらに奥の「あ」になって、さらに「す」に至ります。宇宙は入れ子構造になっていて、奥へ奥へと無限に循環しているのです。