35 調和

◆神様の大調和の流れは、与え 尽くし合うことによって生じる流 れです。流れには順流と逆流が あり、神様の大調和の流れが順流であり、それに逆らうのが逆流です。神様の光の流れ・いのちの流れ・大調和の流れは、神様の絶対の愛が、この与え尽く し合いの大調和の流れの根源です。だから永遠に尽きることな く、大調和の無限の流れは宇宙全体を循環するのです。神様と人との与え尽くし合いによって、 物質文明・精神文明・霊的文明の三つが、一大調和した最高の美しい華を開かせることになるのです。宇宙のすべてが、一瞬 一瞬変化変滅して無常なのです。

◆宇宙は絶対神の全徳が無限の大光明となって、光一元に輝いてすべてが一大調和して存在しているのです。花園に例えてみると、一大調和の理想の花園とは、どんな状態でしょうか? 満開の花ばかりでよいのでしょうか? 否、次の瞬間から萎びていく花ばかりでは、理想の花園とはいえないのです。種を蒔かれた姿から、発芽した姿、種々様々の段階の姿など、すべての状態がバランス良く配置されて、次から次へと新しい花咲く状態が理想の花園です。どんな姿にもそれぞれの美を発見していくことが、美一元の神様の表現を正しく感じ取ることになるので す。

◆肉体を自分の身体だと思わないで、宇宙全体が自分の身体だと思った方が良いのです。それも低い番組の宇宙ではなく、一番高い番組の無限に輝いた宇宙が自分の身体だと思い定めることです。全体を大きく受けた方が、小さいものをも自由自在に生かすことができるのです。自分のこの身体を神様の全体と見れば、全身の細胞全部を生かすことができるのです。もし、自分が爪の先というように思ったら、爪の先しか分からないし、他の働きも分からなくなります。すべては宇宙全体と常に一つになって生かされているのです。だから、まず自分が大きくなること です。そして、全体は部分の為に、部分は全体の為に、お互いが与え尽くし合うことによって、生かし合い・助け合いの大調和の流れが生じる のです。

◆一瞬一瞬新たなる、神様の最高表現(極楽世界)は、必要なものを的確に与え尽くし合う、与え尽くし合いの極致の姿なのです。部分が全体に対して与えれば、必ずその虚を埋めるように、必要な物が豊かに全体から流れ入るようになっているのです。神様の分身である人間が、神様 に対していのちを捧げれば、必要な物はすべて豊かに神様からその人間に対して与えられるのです。神様の絶対の愛が、寛容の心と思いやりの心と赦しの心の3つの聖愛が、与え尽くし合いの大調和の流れの根源で、永遠に尽きることなく、宇宙全体を循環するのです。

◆人間は、大自然の悠久の神秘に触れ、大自然の無償の恵みに感謝し、大自然の声無き声に耳を傾け、一日も早く万物の霊長として、報恩の行に生きなければならないのです。人には地球の調和を守る使命と責任があるのです。それを逆にして、地球の調和を乱しに乱しているようでは、人の存在価値が問われることになるのです。自分さえ良ければ、人類さえ良ければという人間は、もう必要がないのです。物質文明 を謳歌する贅沢三昧な生き方は、地球の調和を乱し、霊的・精神的な幸せをも奪ってきたのです。欲しいものと必要なものとの区別を付けて、本当に必要なものだけで満足できる自分にならなければ、人類と大自然との調和は保てないのです。