14 愛

◆愛の本質は、もともとは一体化しているという意味で、離れているものが出会って合う、そして一 体化するという一体化の働きが 愛です。人はまず神様と一体化 するのが根本です。その神様の現れとして、神様から分かれたも のが合って一体化して、また神様とひとつになるという、それが愛の本質です。その中に思いやりと 寛容と赦しという三つの愛の心があります。最初はみんな神様の愛を必要とせず、自分勝手に泥んこ遊びをしたいものです。その間神様は傍であたたかく見護ってくれているのです。自由を尊重するというのは愛のひとつの働きです。



◆本当に相手の幸せだけを願う心になった時は、自分が相手と一体化 しているのです。自分の方から相手と一体化しにいっているのです。相手の立場に立つというのはそういうことです。神様と一体化するのでも、 自分の全部を神様に与え尽くしたら、神様の中に飛び込むので一体化します。そうしたら相手のものはもう自分のもので、相手の幸せも自分 の幸せです。愛で相手と一体化できているという感じです。


◆他者を愛することによって、他者の心に帰一し、他者の本当に必要としているものを知ることができるのです。愛するとは、自己を放棄することであり、自己のすべてを相手に与え尽くすことです。相手の身代わりになって、喜んで苦しみ・死ねる大犠牲精神です。自分の願いを捨て切 って、相手の願いを生きることです。相手には一切報いを求めないで、 与え尽くすという愛の姿をとるのです。与えたら与え返されるのです。そして又神様の心と波長が合ったら神様から与えられるのです。だから与える生き方が愛の生き方です。真実に愛する心には、失望も落胆も苦しみも悲しみもないのです。感謝が、喜びが、安らぎが、幸せが、湧き上がるのみです。愛の心を生きている時は、常に幸せなのです。

◆人の恋愛と結婚はこの世における大事な人生修行の一つで、本当の恋愛とは、報いを求めないで自分を捧げ尽くし、与えられるままに感謝の心で受けることです。相手に自分を捧げ尽くして一体化する歓びが本心の歓びです。本心の歓びを掴んだ人が、全体の為に自分を捧げ尽くす、自己犠牲の大きな歓びを知ることができるのです。結婚は相手を特定して自分を捧げ尽くす修行です。ただ自分の思い通りにしたいという間は、その思いを消さない限りは、縛り合いになります。縛り合って良く なるのではなく、与え尽くし合うのが良いのです。恋愛も、結婚も、一切の報いを求めないで、自分を無条件で与え尽くす生き方によって、本心開発の場になるのです。

◆愛する心と執着する心とは、正反対の心です。愛する心は本心の心です。執着する心は業想念の心です。愛する心は与えるだけの心です。執着する心は求める心・思い通りにしたい心です。愛する心は相手を自由に解放する心です。執着する心は相手を縛る心です。人はまず神様を愛することによって、神様の愛を大きく受けて、他を真実に愛する ことができるようになるのです。真実の愛の心とは、好き嫌いの感情を超えたものです。相手の本心が輝くように、一切の報いを求めずに、真実のプラスを与え続ける心です。人は真実の愛の心を生きる時に、神様の絶対の愛を感受することができるのです。神様に愛されているという 実感は、自分が他を真実に愛した時に湧き上がってくるのです。